2012年10月27日

PTSD(トラウマ性ナントカカントカ障害)

金曜日の事。
つまり、昨日だね。

昨日は近くで「豊田勇造」さんという、京都のミュージシャンのライブがあって行った。

相方がPAで、私はなんとなく流れで、受付と物販をしている。

勇造さんはこの時期、この場所に来る。
私は3年目の3回目、彼を聞く。

・・・んだけども、実は、怖い。

勇造さんの歌は、彼の表現で小さな音から大きな音まで使い分けるので、
静かになって耳を済ませている時に、急に大きな声やギター音を出すのだ。

で、驚く。

表現だから、当たり前なんだけども。
けど、普通の人にそれで大丈夫でも、
自分の場合は個人的なトラウマがあって、ムリ、と、昨日気づいた。

なんで彼の歌詞が何も理解できないんだろう?
と思ったら、音に驚いて頭がパニックになっているせいだったんだ、って、解った。

3回も聞いていて、初めて昨日、彼のギターが如何に上手いかを知った。
それほど毎回、大きな音でパニックになっていたらしかった。




昔、原家族で住んでた頃、父が毎日かんしゃくを起こしていた。
急に大声で怒鳴りつけられたり、物を割ったり、投げつけられたり。
寝ていたら、急に大きな音で階段を踏み鳴らして上がってきて、私の首を絞めた事もあった。
突然怒り始めるのは毎晩、私が入浴中に隣りのキッチンで急に怒り始めて、
私を浴槽に沈めた事もあった。

あの時の、息ができない恐怖。
「もう死ぬんだな・・・」と意識が朦朧としていく感じ、
父の暴力と怒りの量に圧倒され、諦める自分。。。

父は本物のサディストだったので、
私が恐怖に怯えたり、驚いて目を白黒させているのを見るのが非常な悦びだったようだった。
彼の一挙一投足に、私がびくびくと反応するのを見るのが彼の大好物だったのだ。
私はそんな父が怖くて怖くてしょうがなかった。
私の反応に対して浮かぶ、彼の目の冷ややかな悦びが、本当に恐ろしかった。




大きな音、は、私の場合、この、父に毎日八つ当たりされていたり、
殺されかけていた記憶を呼び覚まそうとする、
その引き金になるのだ、という事が解った。


一旦記憶がよみがえると、当然の事ながらパニックになる。
当時、怖がると余計に面白がられてやられる事から、
私は自分の感情を無視していたので、その頃泣き喚けなかった分が、
父のいない今、安全になったので取り戻すべく、
泣き喚くという『発作』が起きてしまう。


昨晩は、
他の方たちにとってはきっと楽しいコンサートである筈、
という認識が私にはあった。
だから、そんな場所で阿鼻叫喚状態になる訳にはいかんわ、
と、無意識ながら、私は私を、必死で押さえ込んでいたのだろう。

けれども、体は反応し続け、
1曲の中で何度も何度も繰り返しだされる大きな音がする度に、
心臓が早鐘を打ち続けた。

どうにもこうにも、体を起こしていられなくなり、
彼から見えない場所へ行き、横になった。

多分、自分を守るセーフティ機能が発動したんだろう、
眠りに落ちた。。。というより、多分、




気絶した。




シャットアウト。




これ以上はきっと、耐えられなかったのだと思う。

もう、ダメだ。

と思った。

こんな事、これ以上続けられない。

個人的な事で悪いけど、私にこのトラウマがある限り、
大きな音が急にするのは、ダメだ。
(同じ理由で私は映画もTVも見られないので、我が家にはTVがもう10年以上、ない・・・。)

結局、『自宅サナトリウム』『自宅入院』は、現在進行中だったのだ。


最近、とても調子が良くて半ば、カンカイ状態なんじゃないか?
と思っていただけに、悔しい。


私が調子よく居られる条件があって、
それを守っている分にだけ、
まともそうに生きていられるのだと、
改めて理解せざるを得なかった。。。

この記憶がある限り、慣れる以前にパニックになって本当に死んでしまうんじゃなかろうか?
と思わされている。
この記憶がある限り、たぶん一生涯、私は大きな音のしない静かな生活でないと営めないのではなかろうか・・・?

これは、戦争体験のある(殺されかかった経験のある)年寄りが同じ事を言う。
きっと、そういう経験をした人でないと解らない恐怖なんじゃないかな?
と思う。

身近かで見てきた相方も、昨日の今日、私をまた、仕事に誘い出そうとした。
どれほど、こういう心理的負担が私を疲弊させているかは、
一緒に長い間見てきても、平和な育ち方をしてきた人には、
理解できへんのだなぁ、、、と、悲しくなった。

昨夜はヨレヨレで帰宅し、記憶が後退して幼児返りし、
昏昏と眠り、目覚められなかった。
午後になって目覚めたが、数年前具合が最悪だった頃と同じ症状が出て、
体中が痛んで、とてもではないが、動けなかった。

父から受けた虐待の記憶を少しでも解消するべく、
痛い記憶を、きっと夢で繰り返していて、
体中がこわばって緊張して眠っていたのだろう、
と推測する・・・。

精神科医が、検査しても何も異常がないのに、
全身痛がる患者はけっこう居る、
と言っていた。



あんな育ち方をしてしまった自分が悔しい。



明日は1年間楽しみに待っていた、「自由の森学園」の学園祭だが、
ちょっと、これも行けそうもない。
体が痛いと、気持ちが落ち込んでいると、楽しいものも楽しく思えない。
今は学園祭気分ではない・・・。


暫くは人に会わず、家で静かに養生が必要そうだ・・・。

折角、調子が良かっただけに、悔しい展開となってしまったのが
悔しい・・・。

ああいう記憶が悔しい。。。

あんな親を選んで生まれてしまった自分がバカだと思う・・・。


posted by にゃも at 18:18| 群馬 ☔| Comment(0) | 思うコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。