2012年02月10日

ドロシーのこと

もう随分前になるけれど、ドロシー・マクリーンに会った事がある。
彼女はフィンドホーンの創始者の一人で、当時はアメリカ在住だった。
日本で講演会があって、聞きに行ったのだった。
講演会の後に暫くの間、直接話していたので、「会った」と言えると思う。
フィンドホーンの本で有名な、あの、エンドウマメの精と話したりする人だ。

でも、当時のわたしは実はフィンドホーンの本は1冊も読んでいなかった(笑)

話には聞いていたのと、私が幼かったころ、UFOだの宇宙人だの、死後の世界が流行った時代に、
小学館から出ている月間誌、小学○年生というのがあって、
そこに載っていたコラムで「巨大なキャベツ」の話があったのを
私は覚えていたので、「その人か〜」という程度の認識だった。

果たして、どんなものすごい超能力者なんだろう?
などと思っていた。

しかし、聞いてみたら、実にフツーの人だった。
まるで、近所のおばあちゃんが
「昨日木村さんがね、」
と話をするようなノリで
「昨日庭のバラ(の精)がね、」
って、話すのだ。

そして、私はそのフツーさに完全にノックアウトされてしまった!

精神世界系というジャンルをぜんぜん知らないうちに
導かれたこの世界。

けれど、後からいろいろ知るにつれ、本物とそうでないものが非常に分かれる世界だと思った。

本物の凄さというのは、あまりにもフツーなのだ。
フツーに、となりに住んでる風な人が、
実はとても凄いのだ。

もうすっかり、あちらの世界が現実化しているので、
今さらあーだこーだ言う必要がないって感じなんだろうと思う。


自分の事についていえば、とても影響を受けやすいので
ヘンに専門的知識や一般に通用しない専門用語を使いたくない、
と思っているので、そのテの本は実は殆ど読んでいない。
10冊も読んでないと思う。
だから、専門用語も殆ど知らない。
読んだだけで自分で体験しても居ないのに、知ったようなつもりになって話してしまうのは危険だと感じている。
そういう知識には実体験が伴わないので、周りの人はいずれ何かを感じて離れていく。

それは、私が精神世界系、というものに触れて感じた
「胡散臭さ」だと思う。
そういう者に、私自身がなりたくないからだ。
私は、私の体験でしか話せない。


「あちらの世界」は今、ここに同時に存在していて、
誰でも訓練しだいでアクセスできる、普通のものだ。

人は私を「魔女さん」とか「ヒーラー」と言ってくれる事があるけれど、
それは人が私のした事を判断して初めて言ってくれる嬉しい名称であって、
自分から名乗るものでもないと思う。
(便宜上はアリかもしれない。例えは、内科医が看板に「内科」と出すように)

わたしがなりたいのは、ただ、普通に存在する、
親しみやすい「となりの人」。

私は、あの時のドロシーのようになりたいと
いつも思っている。


posted by にゃも at 10:20| 群馬 ☔| Comment(0) | 思うコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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