2011年12月08日

恐怖と強迫性という名の自己

ソウ転するのは仕方ない事、と諦めて、余り深く探った事がなかった。

ここのところ、予定が立て込んでいて、まるで自分ではないかのように動き回っていた。

6日くらい前から、4日間くらい、睡眠時間が5時間になっていた。
5日目はとうとう2時間になった。
食事も1食くらいしかせず、しかもその1食は自発性がない。

脳が活性化していて、自動思考が続き、体は疲れて動けないのに、眠れないのだった。

昨日は≪群馬手芸部≫で縫ったりコラージュしたりしながら、みんなで本音トークしたり美味しいお茶と手づくりのお菓子を食べつつ、或いはもくもくと、横断幕を作った。
「にちにち堂カフェ」としては初の営業日で、わからないことだらけだったけどなんとかなった。

表層意識としては「とても楽しい!」しかなかった。
ソウの症状ですね、この多幸感。

しかし、帰宅したらもうグッタリ。動けなくなったのだ。
体中が、例の、高熱が出る時の筋肉の痛みに見舞われてしまった。
思うように体を動かせないので、声帯にも力が入らなくて声も出せない。
呼吸が苦しくて浅い。

余りの唐突な症状に相方がよく手当てしてくれて、マッサージしてくれたら、
「全身バリバリに筋肉が張ってるよ。何こんなに緊張してんのかね〜。
何日か前からこうだったよね。
寝てる間に、山登りでもしてるんじゃないの?」って。

表層意識では「楽しくて」なんともないのに、体が緊張していて、解けない、と。
「緊張する自分」は無意識の中に閉じ込めて、自分では察知できないようにスイッチが入っていたのだ。

もしかしたら、その「楽しい」には何か潜んでいないかや?
って、自分の中に、するするとコードを伸ばして、その先っちょに集音マイクをつけ、
心の耳を傾けてみたら、ヘビみたいにとぐろを巻いて怒ってる人が居た。

呼び出して、表面に出てきてもらい、相方と話してみてもらった。
「俺」というその人格はこんな事を言った。

「俺は今17歳。
オヤジに与えられ続けている日々の恐怖と、母親の強迫性が乗り移ったものだ。

俺はずっと17歳のまま、コイツの中に居る。
ヒロシマの壁に焼き付けられた人影のように、毎日刷り込まれた恐怖と強迫観念は、コイツの中に焼き付けられてしまった。

俺は眠らない。
何故眠くないのに眠らなくちゃいけないんだ?

(体が悲鳴をあげてしまう、という相方に)
体なんか知らない。
俺には関係ない。
メシなんかいらない。
食いたくない。興味ない。

いつもテンション高くして笑ってないといけないんだ。
そうしないと怖いだろ?
人が俺を見捨てるからな。

考えないように動き回らないとならないだろ?
そうしないと人は認めてくれないだろ?

考えるために立ち止まったら、俺は俺でなくなる。
俺のキライなのろまでグズなアイツが出てくるんだ。

アイツ(私の事)に任せてたら、まあ、家からは出ないわ、人とは会わないわ、電話線は抜くわ、仕舞いにゃ1ヶ月に1回行かなきゃ手帳や年金が困る、生活の糧である通院まで忘れて行けなくなってしまうだろ?

アンタ(相方)がスケジュール管理してくれるのか?
一生できないだろ?

アンタ(相方)に何かあったら、俺はどうすりゃいいんだ?
ヘルパーか?
アイツに任せたらヘルパーが必要になるけど、人と絶縁してたいアイツにヘルパーなんか頼めるワケない。

だから、俺が居るんだよ。

俺は消えない。
コイツが生きてる限り、一生居る。

かつて、ヘンな大工(師匠のコト(((^^;)が俺の抱えてる怒りと悲しみを出させて少しは軽減したが、もうあんなハードな精神状態になるワケにもいかないだろ。
それこそ、今度こそ死ぬぞ?

俺の何パーセントが軽減したか?15%くらいかな。
(丸3年も怒って泣き続けて食べ吐きやリスカや首吊りで死にそうになったのに、それでたったの15%デスか・・・orz)」

 

乖離してるワケではないので、しっかり聞いてたし、「ふ〜ん。」と思いながら聞いてた。
時折り、「何を勘違いなコトを」などと思いつつも
そうでないと生きて来られなかったんだからしょがないか〜、
などと思いながら。

しっかし、本当に相方以外の人に会おうとすると、知らないうちに、この人格が表面に出て交代していたのだと、昨日はじめて知った。

呆れた。

世の中の人は、いったいどうやって生きてるんだろうか?

対:他人向けの自己になって生きてる人が殆どじゃないのか?

だから、一時ちょっと前「自分探し」なんて言葉が流行ったんじゃないのか?

それほど、「自分」が解らなくなってるんじゃないのか?

そういうのが大半で世の中を構成してると思うんだけど・・・

たま〜に、そういう仮面をつけないで正直に「ありのまま」で生きてる希少生物がいるくらいじゃないのか?相方みたいに。


相方は
「俺はちゃんと悩んだからなぁ。
若い頃、それに気付いて、まだ臨機応変になれる年頃だったからなぁ。」
と言った。

私は、今頃自我を確立する時期が来て、精神的に大人になるための通過儀礼と言うか、思春期の悩みと言うか、が今来てるんだと思っている。

だけど、余りにも長い時間、自分を騙して「俺」に任せてきたので、一筋縄で行かないんだろう・・・。
また、「俺」でいる時間のほうが長くて慣れていたから、すぐにその古い生き方にスイッチが入ってしまうんだろう。

余りにも気が小さすぎる「私」をカバーしなくてはならないが故の、真逆の性格の「俺」。
言い換えると
「私=本音、本心=真実、深み、ほほえみ、おだやか、光、そのもの、魂」
「俺=表向き、建前、仮面、うわっつら、しかし、その深層は怒り、苦しみ、恐怖、闇」

とでもいったところだろうか。

こんな極端なの、融合するのか?
とてもするとは思えない〜〜〜(^^;)

あー、もー、疲れる〜〜〜。

今日は月に一度の通院日。
この話をしてくるっきゃないでしょうなぁ。。。

似たような人たちの病気の根本原因を探る手立てに一役、買いはしないかなぁ?



posted by にゃも at 13:38| 群馬 ☔| Comment(0) | 思うコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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