2011年08月14日

群馬当事者研究・ピアサポート

なんだよなんだよ〜〜〜、なんちゅーことよ〜〜〜。
未知の感覚で知らなくて悶々としてた悩みは、
あ、そーいう事なの、それでいいのか〜。
順調なのね?
ナットク ナットク。

と、いう事を今日、群馬当事者研究ピアサポートという場所に行って発見して参りました。

前々から、べてるの女性メンバーが「虚しさの研究」という事をしていたのは知っていましたが。
(べてる というのは、北海道にある精神障害者の集団などの事です。
今日行った会は、そこのベテランソーシャルワーカーである、向谷地 生良さんをゲストに迎え、
向谷地さんの息子さんがコーディネーターとして関わってらっしゃいました。)

私は、その意味がぜんぜん解らなかったので、「ふーん? ・・・?」
という感じで、解らないからそれっきり見ていませんでした。

で、それとは全然別の話で。

実はここ1ヶ月以上、気分の低空飛行が続いています。
月1の心療内科の診察でも、そう、訴えてみたのですが、いまいちズレた答えが医師から帰ってくるので、自分でも何故低空飛行なのか解らないから説明のしようがなくて
「伝わってないけど、伝え方が解らん〜〜〜」
と、「ナンカチガウ」感を抱えて帰って来ました。

それがです、なんだか解ったんですわ、今日。

向谷・父さん(むかいやち・とうさん、と読んで下さい。)の言った事が非常に解り易かった。
私に言われた訳ではないのだけれども。

「苦労のピラミッドって見たことありますか?
最初は病気の症状の苦労、それが薬などで治まってくると、
今度は人間関係の苦労が見えてくる。
最後は、虚しさとか生き甲斐の苦労が待っているから 云々・・・」
みたいな事をおっしゃったのです。

自分的には、該当年齢では棚上げせざるを得なかった、
思春期に潜り抜ける筈の「心の中の親殺し」「自我の確立」を、
34歳でビョーキとして過去がどんどん出てきた頃から、10年かけて
やってきて、潜り抜けたナ、という感触がありました。

今まで生きて来た44年の人生を、ほんと、この自我の確立の為にずっと生きてきた、と言ってもいいでしょう。
親と対等な力加減になり、親は親、自分は自分として分離し、別の人間としていい部分も悪い部分も認める、という所まで来た訳です。
自分の問題を自分で引き受けて、生きる覚悟ができたのです。(遅いですがf^^;)
そういうのが、ある程度できてきちゃった。

親の事ばかりず〜〜〜〜〜っとやってきたワケだから、それ以外の生き方を知らない。
(ような気がする・・・)

親との関係は、同時に、自分自身との関係にも繋がり、自分と他人との関係にも繋がっていました。

親との関係が落ち着いてきて、一番近い他人ですからすごくイヤな所も知ってる。
親子は遠慮がないもんだから、言いたい事を言い合う。
一番愛情が変化球になっている関係だから、
暑苦しくて近すぎてややこしくて、厄介な面倒なこんがらがった関係。
でも、その、一番大変な関係である親と、適度な距離感でケンカしないで認め合っていられるようになったら、
自分と自分、自分と他人との関係は、親との関係に比べたらラクなもんでした。


ガチャガチャモメなくなったので、心は安定して前みたいに揺れません。
(揺れるような事態は回避するようになりました。)
モメてた頃はある意味、エ〜キサイティング〜!でした。

エキサイティングな状態しか知らなかったので、そうでない今が言うなれば、物足りない。つまんない。
でも、平和と言えば平和で、
「どっちがいい?」
と聞かれたら、今のほうがいい。

この、低空飛行は、言い換えたら、前述の向谷地さんが言ってた、
「虚しさや生き甲斐」といった苦労という事なのか!
と、解ったというワケです。

心の中の「親殺し」が完成して、「自我の確立」ができたら、
精神的にやっと「大人」になったような気がするけども、
でも、それはこうした「虚しさ」を伴う事だったのね?と(^。^;)

あ〜〜〜、「苦労」は耐えないのね〜〜〜???(^□^;)?

おとーさんはこういう言い方もしました。
「 《普通》って、つまらないものですよ。それを誤魔化さない事が大事かな、と。」と。

う〜ん、そうそう、そうなのそうなの。
と、ふか〜〜〜くナットク。
「普通」ってつまらない。
そういう事なんですね、きっと。

他の人が言っても何の事を言っているのか解らないんだけど、
向谷・父さんの言葉は、同じ意味の事を、違う言い方でいくつも言ってくれるので、
自分に理解できる言葉が出てきた時に、理解できるのです。

それは、その事をどれだけ深く理解しているかによって、いろいろな表現ができるからだと思うのです。

つくづく、向谷・父さんは《言葉の魔術師》だと思いました。

あたしは今まで、こうした「ビョーキ」当事者や、主治医以外の専門家との繋がりってのが殆どなかったのです。
30年もこのビョーキやってるのに。
べてるを知って10年も経つのに。
主治医と自分という、関係が殆どだった。
PSWというのも居なかった。
ディケアもなかった。

だから、とてもとても自分の内面が進むのが遅かったと思います。
それが、今日行っただけで この1ヶ月以上悶々としていた未経験の心持が、「成長の段階をちゃんと経ている状態」なんだとパッと解ったので。

「うわー、こりゃ、スゴイ事だぁ!!」

と、ビックリしちょります。

ナイスタイミングでした!

解って良かった。
これで落ち着いて低空飛行できますわ。
そういうもんだとハラを据えて、その単調な生活を大切に送れるように祈りましょう。

なんたって、私も他の人も、いつかは迎える「肉体の死」に日、一日と近づいているのですから。
「肉体の死」を迎えるまでの貴重な時間を費やしているのだから。
低空飛行なら低空飛行なりに、
一瞬一瞬を大事に丁寧に生きられたら素敵だろうなぁと思います(*^^*)


posted by にゃも at 23:56| 群馬 ☀| Comment(0) | 思うコト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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